北欧便り#2 一生迷子

最近はまた自分のキャリアについて悶々と悩んでいる。

社会人をやっていると、こういうライフスタイルがいいやとか、こういうキャリア設計で行こうかな、とか固まってくる部分もあるが、それがまた時間が経ったり、何かの出来事を機にうーんと悩んだり、いつも三歩進んで二歩下がるという具合。

元々、人類が満足を知らずに歩みを止めなかったからこそ今の世界があり、人として生まれた限り、何かを得れば何かに不満を持っての繰り返しなんだと理解しています。

山の頂上を目指して登ってみる。頂上まで登ったが束の間、景色を楽しむ暇もなく次に登りたい山が見える。そんな風にまずはどこか登ってみないと見えない次の景色がある。いま登った山を後ろ髪引かれながら下山して、一合目からやり直しということもままあり。そんなもんかと思います。

キャリア設計や人生設計という言葉は、人工的に作られた階段を思わせる少しミスリーディングなコンセプトだと思います。人生は登山のように、生きている大きな自然と対峙するような、山あり谷あり、時に遭難したり、時に美しい草木に出会ったり、そういう過程を楽しむ旅路であって、決して上を目指すだけのリニアな構造物ではない。

6月末、ブルターニュ地方にあるサンマロという海辺の街まで旅行に出かけました。ベジタリアンの友人もいたので、有機野菜を使った料理が評判のカフェに立ち寄りました。オーナーは恐らく50才前後のフランスの女性で、そこのオーナーであり、写真家であり、慈善活動家であり、料理好きのチャーミングなマダム。たまに店を閉めてふらりと世界旅行へ出て、その土地の写真を撮り、その写真をカフェに飾ったり売ったりしながら、楽しそうに生きている。お店の内装や、飾られた写真、メニューの内容から、全て手作りの、その女性自身をカフェにしたような素敵な空間。

誰に気兼ねすることもなく、楽しく自信をもって生きている。僕らの人生は誰への説明責任もないし、与えられた時間を使って好きなように生きてよい。そんなことをアボカドとサーモンのサラダを食べながら考えていました。

俺はサラリーマンだから、私は母親だから、と自分をカテゴリーの中に押し込める必要もない。僕らは勤め人でありながら、同時にミュージシャンであり、熱血サポーターであり、イケてる父親であり、見習いバリスタであり、週末サーファーであり、セミプロのキャンパーであり、ガチの料理通であり、引かれるほどのインドア派だっていいじゃない。

そんな風に新しい自分や景色を発見するためには下山することも必要で、Lost and found、一度迷子にならなきゃいけない時がある。行きつく先ではなく、この悩む過程こそが俺の人生であり醍醐味。誰のためでもなく、振り返ったときに自分が納得できる旅路ならそれでよい。一生迷子なのかもしれないと思っています。

愛しき迷子フレンズとサンマロの夜

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