日ノ本便り#1帰国

昨年の12月に帰国しています。

うちのブラジル事業がコロナ禍に伴い深刻な経営赤字に陥ったことで、若手社員は全員帰国のお達しがあり、12月の中旬に現地を離れました。帰国後は2週間の自主隔離を経て、年始から再び日本で働いています。

サンパウロでは沢山のかけがえのない友達ができ、言葉を学び、徐々にブラジルという国に愛着を持ち始めたタイミングでの帰国となった為、悔しい部分はあったものの、人生そんなものみたいな部分もあるので、置かれた場所で咲くしかないかなと思っています。

いま個人的に将来に向けて色々仕込んでいる部分はあるので、またその部分は追って。

こちらのブログ、根強いファンの方がいらっしゃるようで、長い事投稿が無くても、毎日誰かしらがチェックしにきてくれているようです。(こちら側にはそれがどなたかは勿論分かりません)ありがとうございます。

こちらに帰ってからは、実家の家族と過ごす時間が増え、自然と家族について考えることが多くなります。

みなさんは、年老いた両親の面倒を見るのは、誰の責任だと思うでしょうか。恐らく大きな派閥としては、①自分のことは自分で面倒をみるべき、②子供が親の面倒を見るべき、の2つに分かれ、①が現代風の考え方で、②が伝統的な考え方、と言って差し支えないかと思います。

僕自身は長い事、①を支持していて、その為に成人は一所懸命働き、貯蓄を作るんだろう、と考えていました。特に親の面倒を見るということは、その性質上地理的な制約を子供に課す事になりますから、子供の人生の可能性を狭める事にもなります。この考え方は、西洋的な考え方とも言えるかと思います。東欧や南欧には、割と②に近い考え方をする方々もいることに最近気づきましたが、EU圏で言えば、少なく見積もっても過半数は①を支持するでしょう。

只、最近は②に傾き始めている自分に気づく瞬間があります。両親が確実に年を取っている事を実感する時、特にそのことを感じます。明らかに白髪の量が増えていると気づいたとき。昔はなかったようなささいな物忘れをしていたとき。スーパーで牛乳を買って帰るのが重くて億劫だと言ったとき。そんな時に、ああ傍にいてやれたらなあ、と感じざるを得ない。

自分自身が年を取って、人や物の無常や、盛者必衰、を肌身を持って感じられるようになっているから、という事も大いにあるでしょう。僕が60を超えて、テストステロンもセロトニンも今の半分も脳内に残っていなくて、足腰も弱ったときに、同じような元気と論理的一貫性を持って、「俺は勝手に生きるからお前は好きに生きろ」と子供に言える確証はあるでしょうか。そして、自分が仮に言えたとして、いま目の前で弱りつつある両親にそう言って突き放す事は僕にとって正しい事でしょうか。

世界に打って出て生きてやるという気持ちと、最も大切な家族を近くで守りたいという気持ち、この二つを共生させることが難しい事が、国際的に生きるという事の大きな難しさのひとつで、どうしたら上手くバランスを取れるだろうか、そんなことを最近は一人で考えています。

ちなみにタイトルの「日ノ本(ひのもと)」というのは言わずもがな、日本の事ですが、僕が最近ハマっているNHKのドラマ、「青天を衝け」で良く出てくる言葉です。

外国の脅威にさらされる江戸末期の日ノ本を守ろうと奔走した、日本資本主義の父・渋沢栄一を幼少期から描いたシリーズです。まだ始まって数話ですので、皆さんもぜひ!

商いの本質は三方ヨシである事を教えてくれる渋沢栄一

日ノ本便り#1帰国」に2件のコメントがあります

  1. がぽーるさんありがとうございます。北半球はこれから春の、良い季節ですね。暗いニュースが多いですが、なんとかやっていきましょう。

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